261012

エックスを長いこと見てない。趣味について色々とあとで知る不便より心の平穏がまさる。知るべきことをまとめて知るようにする習慣も一応できた。

言葉という他者の思考の直接的な侵襲性の問題もあるが、いくつかの発言を影響力の指標としての数字とともにこれが今の世の中なのだと自分に刻み込むことがないのが大きい。それはある程度は本当のことなんだろうけど、一つの発言はその人間のすべてではない。これは過去や環境の影響を思いやることでもあるし、目の前に発話者がいれば(その発言を人前で口に出すことが可能であればだが)こちらが発言を受け止める時に何かしらの留保が生まれる情報もあるだろうということだ。

正しさが足りなくて困ってきたひとと、正しさに抑圧されて困ってきたひとではなにもかも見方が違う。後者がその困りを表現する言葉を前者にあらためて抑圧されるとしたら、恨みはより深いものになるだろう。なるんですよ。