261022

頭が痛い

『失敗のクィアアート 反乱するアニメーション』なんだか勇気を得られる気がする ぼちぼち読んでる 積読たくさんあるが読むべき時に読むでしょう

得られなかったものなら自分のために作ればいいのよね

未来という審級に対して協力的でないことで一段低くみられるのが嫌で代替的に無理してきたけど、別にもういいじゃないと思う。どんな人生のあり方もそれぞれのツケを払う必要があり、社会規範との距離によって社会的な負荷は変わってくるが、それより大事なのは自分の本性とのカップリングなのは間違いない。自分を大文字の他者のまったき道具にするような倒錯は、その手段として他者への不可逆的な干渉を伴うならますます危険と思われる。

子供の頃から上とか下とか植え付けられてきたけど、そんなのが学びのモチベーションになっていいわけないよな。私は失敗と汚辱しかしらないし、傍迷惑なやつだが、謙譲というのを少しは学べたはずだ。失敗しなかった自分より今の自分の方がましだと思うが、遅かれ早かれ私のことだからダメになっただろうという確信もある。

自分を気持ちよくする優劣の基準を権力によって他者に押し付けるもの、それに下賜される誇りにご満悦なもの、そのどちらも私の存在を自分たちの優越感のために使ってきた(それはかなりよくあった)。 今はもう勝手にすればいい。どんな呪いも安全ではない。私たちは同じ認識の上を生きていないので、本当に関係がないのだ。